ギャラさん映画散歩

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秀子の車掌さん(成瀬巳喜男監督1941年作品)

     「しほの山差し出の磯にすむ千鳥君が御代をば
        八千代とぞなく」(古今和歌集より)
     (「秀子の車掌さん」からおこまのガイドによる古歌)
 
あらすじ
甲府あたりの温泉町に近い山間部の街道を走るオンボロバス。車掌のおこま(高峰秀子)17歳。相棒の運転手園田(藤原鎌足)である。バスの収入は芳しくない。それは別会社が参入して新型で早いバスを投入したため客足がそちらに流れたからである。バスは空いているため乗り込む客はたくさんの荷物を持った者や子沢山を連れた人などで料金は少ない。
 
乗客が少ないため給与も減る。おこまは町の雑貨屋の二階で下宿しているが、おばさん(清川玉枝)からは「会社の評判も良くないし、辞めたら」とも言われている。そんな中で、ラジオが東京の観光バスのガイドの様子を放送していたのを聞く。早速、おこまは園田に自分がガイドをしたら乗客が増えるかもしれないと相談する。
 
園田は社長(勝見庸太郎)にそのことを進言する。社長は釣銭を間違えないかとか、名所はあるかなど心配したがやってみろということになった。そこで原稿をつくることにして、町に滞在している小説家井川(夏川大二郎)に頼んだ。井川は快く引き受けてくれる。原稿が出来ておこまは読む。「ちょっとなまりがあったほうがいい」など助言され、場所を後日案内すると別れる。
 
おこまは園田に「社長さんに検閲してもらって」と頼む。社長は原稿に目を通しただけで了承して10円の原稿料を出した。後日バスに同乗した井川は場所々を示した。おこまも園田も調子づいて夢中になる。そんなとき、突然道脇からこどもが飛び出し、バスは畑の中に乗り入れる。井川を降ろしてバスをバックさせたときバスにかすり傷が生じてしまった。
 
慌てた園田は、社長に事故を電話で知らせる。社長は「停めていた事故では保険が出ない。走っていたことにして、エンジンを壊してバスを買え替えられるようにしろ」と命令する。園田とおこまは「そんな偽証はできない」と会社を辞めようと決心する。それを聞いた井川は「社長に話してやる」と一緒に社長に会いに行くことにした。
 
3人は社長のいる事務所に行った。井川は「乗客として事故の一部始終を知っている」と社長に言う。社長は井川が小説家だと聞くと「新聞関係もあるか」と尋ねる。井川が「ある」と答えると態度が急変し「先ほど園田に言ったことは冗談だ」とあっさり取り消してしまい「バスの運転席に花を飾れ」「あんたのケガは」などと低姿勢になる。
 
バスは社長の指示に従い花を飾り、身ぎれいにした。そんな中、おこまのケガも治り、ガイドをする日が来た。最初の乗客は女学生4人でバスの中では合唱をしていてガイドは出来なかった。次の客は目の不自由なひとでガイドは出来ず。次に乗ったのが3人連れの旅行者だった。おこまはようやくガイドを始める。「みなさまこちらの川は笛吹川でございます。上流に見えます小高い丘は差し出の磯と申しまして、しほの山差し出の磯にすむ千鳥君が御代をば八千代とぞなく、と古歌に詠われております。・・・」と調子いい。
 
ところがバス会社では、社長はバスを別会社に売り、明日は事務所を閉鎖する予定で話を進めているのだった。何も知らないおこまと園田は調子よくガイドや運転に従事しているのだった。
 
感想など
田舎のオンボロバスの若い車掌が、競争相手の新しいバスに対抗するため、自ら観光バスガイドを買って出て乗客獲得を目指すのだが、会社は結局バスを売りに出すという無慈悲なお話だ。しかし、長閑でとぼけたユーモアもあり、心和む微笑ましい作品だった。

 

 制作時期は1941年であり、この年に日本は太平洋戦争に突入している。こんな微笑ましい映画の中にも悍ましい時代が暗示されているのが分かるおこまさんや園田を健気な国民の象徴であるとするならば、社長は国家権力に置き換えられよう。権力で偽証させようとしたり、社長である国家は、また意に反してバスを売りとばすということは、善良な庶民を戦争に引き込んだような暴挙だと想像してしまえばいい。
 
成瀬監督36歳、高峰秀子17歳という若さで、戦後の優れた傑作を生んだゴールデンコンビが作った初期の作品である。高峰さんは子役から娘へと脱皮していく過程の頃で、思春期の少女の初々しさと爽やかな笑顔が実にすばらしいのだ。この作品には色恋沙汰は一切ない健気な乙女の心意気が感じられる。
 
車掌の仕事中に実家によってボロ靴を下駄に履き替える長閑さ、バスに乗せた鶏が逃げて追いかけたり、客寄せにバスガイドをやろうと発想の健気さ。旅館に泊まっている小説家がタバコの焦げ跡を畳にいくつも作る場面。社長の横柄で強欲な態度。それと対照的な小説家の気の良さや正義感、おおらかさが面白い。
 
悪辣社長の保険金詐欺の企みは、小説家井川の目撃証言で回避される。そのことでおこまさんや園田のバスガイド計画は軌道に乗るかに見えたのだが、さにあらず、お話は残酷な結末を見るのだった。社長はバスを売りとばし、事務所をたたみ、従業員をクビにすることを決めていたというもの。ただ、そんな残酷な結末であってもおこまさんと園田は、実に楽天的で逞しく優しい。

 

GALLERY
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タイトル           車掌のおこまと運転手の園田はコンビイメージ 3 イメージ 4
仕事の途中実家に立ち寄るおこま ラジオでバスガイドの番組を聞きやってみたくなるイメージ 5 イメージ 6
客を増やすため観光ガイドをやっていいか社長に聞 ガイドの文案を小説家に頼むことにするイメージ 7 イメージ 8
小説家の井川から原稿と助言を得る     社長の承認を得る
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バスは畑に乗り入れ破損する    社長から偽証を強要され井川に相談するイメージ 11 イメージ 12
井川は社長と掛け合う          井川は東京へ帰るので見送る
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おこまのバスに乗る乗客        バス会社を止めバスを売る社長
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乗客にガイドするおこま      バスは売られたのに知らず走る 
 
おまけの画像
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差出の磯                 差出の磯