麦秋(小津安二郎監督1951年作品)
「みんな離れ離れになったが、
しかし、私達はいい方だよ。欲を言えば切りがない」
「本当に幸せでした」
(「麦秋」から周吉としげの会話)
あらすじ
周吉としげは隠居暮らし、康一は都内の病院の勤務医で、自宅から通勤している。紀子は都内の商事会社の専務の秘書として勤務している。
周吉の本家(実家)は、大和で本家は長兄の茂吉(高堂国典)が後を継ぎ住んでいたが、茂吉は久しぶりで北鎌倉に出て来て周吉宅でしばらく過ごしている。
紀子の上司である専務佐竹(佐野周二)は、築地の料亭「田むら」の常連客だった。「田むら」の娘アヤ(淡島千景)は、紀子の同級生で親友だった。親友は4人いて紀子とアヤは独身だが、他の2人は既婚者で、会うごとに独身組と既婚者組は話が対立してしまう情況になりがちだった。
ある日、紀子は佐竹専務から「そろそろ嫁に行けよ」と縁談の話を持ちかけられ写真を渡される。そんな話を聞いた兄の康一は、乗り気になり、妻の史子にそれとなく本心を聞き出せと頼み込む。
後日、間宮家と親しい矢部たみ(杉村春子)が、史子を訪ねてきて「興信所の人が、紀子さんのことを調べに来た」と告げに来る。矢部たみの息子謙吉(二本柳寛)は、紀子の兄ショウジと同級生で、紀子と謙吉は知り合いであり、また謙吉は康一と同じ病院で働く医師でもあったため康一とも知り合いであった。
たみは、史子へ「紀子さんは立派なお嬢様です」と答えておいたとのことだった。矢部謙吉は、2年前に妻を亡くしていて、現在独身であり、3歳の女の子がいて、たみが面倒を見ていた。
紀子の両親も縁談の話には乗り気になっていて、紀子が嫁に行くことについて話し合っていた。
周吉「今が一番いい時かもしれないね。紀子が嫁に行けば、寂しくなるし。」
しげ「そうですね。専務さんの話はどうなるのかしら」
周吉「もうやらなければいけないよ。早いもんだ、康一が嫁をもらう。孫が生まれる。紀子が嫁に行く。今 が一番いいときかもしれない」
しげ「これからだって、まだ」
周吉「欲はきりがない。今日はいい日曜日だった」
そんな中で、康一が働く病院で、同僚の矢部謙吉が秋田県の県立病院の内科部長に転出する話が出て、謙吉はその話を受けることと母のたみに決心して告げる。3~4年で帰れるということだったが、しげは今の場所を離れることに躊躇している。
紀子は謙吉の秋田への転勤話は、兄から聞いていた。そして矢部宅を訪問して、たみに挨拶する。
紀子「お支度ね。つまらないものですけど」と包みの品を差し出す。
たみ「長いことお世話になりました。ここに一生いたいと思っていたのにね。いえね、本当はあんたに嫁 になってもらったらなんて、夢みたいな話しよ。怒らないで」と言い出す。
紀子「本当、おばさん」
たみ「だから怒らないでと言ったのよ」
紀子「ねえ、おばさん私みたいな売れ残りでいいの。私でよかったなら」
たみ「本当」
紀子「ええ」
たみ「本当に」
紀子「ええ」
たみ「本当にするよ。まあ、よかった。よかった。もし、言わなかったらこのままだったかも。私がおしゃべりで。」
その後、矢部家に謙吉が帰ってくる。
たみ「紀子さんと擦れ違ってなんか言ってなかった」
謙吉「いや、別に」
たみ「紀子さんうちへ来てくれるって。紀子さんに言ってみたんだよ。」
謙吉「どこへ」
たみ「お前のとこだよ」
謙吉「なにしに」
たみ「嫁さんにだよ。よかったね」と泣く
謙吉「泣かなくていいよ」
たみ「お前だって喜びなよ、うれしいだろ」
謙吉「うれしいよ」と平然としている。
たみ「ヘンな子だよ」
間宮家では、両親と兄夫婦が集まり、紀子が謙吉と一緒になりたいという話しが出たため、揉めてしまっていた。兄はそんな大事な話を直ぐに決めたことに怒り、不賛成であった。父も自分ひとりで大きくなったつもりでいると不満であった。しかし、紀子の決意は固かった。
紀子はアヤから「以前から謙吉さんが好きだったのか」と聞かれると「近すぎて、気付かなかったのよ。ただ、昔からこの人だったら信頼できると思っていた。遠くへ行くことになって気持ちが決ったの」と答える。
間宮家では、紀子は謙吉のいる秋田へ旅立ち、周吉夫婦は大和の実家へ戻って行った。大和は、麦秋の時期である。
周吉「おい、見ろよお嫁さんが行く。紀子はどうしているだろうか。みんな離れ離れになったが、私達は いい方だよ。欲を言えばきりがない」
しげ「本当に幸せでした」
感想など
* 家族とは命を未来へつなげるための基礎的集合体なのです。結婚し、 家庭を築き、子どもを育てて、その子が結婚して自立して行くという 繰 り返しが続きます。だから、いずれ家族は誰でも別れ別れとなります。 そんな家族の別れをこの映画は描いています。
* 最近、無縁社会・孤立死などが目立ちます。核家族化の傾向は高度経 済成長期以後からでしょうか。この映画は三世代同居の家族が娘の結 婚を期に別居するという話でしたが、やはり、家族とは何かということを 考えさせてくれる作品でした。
* 血縁で結ばれた家族が、みんなで個人個人の将来を心配し合い、寄り 添って生きていることが伝わって来ます。祖父母と孫の対話には、ユー モアがあり、親子との対話には厳格さが見られます。
* 映画は、ゆったりと温かな雰囲気で、人情厚く、善人ばかりが出て来る のですが、辛らつさや本質を抉り出す過酷さも見え隠れしています。
その辺が小津映画の真骨頂なのでしょうか。
* 改めて「絆」という言葉を強調しなくても家族の「絆」が結ばれていた時代の家族の姿なのでしょうか。
孫が祖父を馬鹿にしても、父親が子どもを強く叱っても、簡単に崩れな い「絆」を感じさせる映画でした。
* この映画の見せ場は、専務が世話をしてくれた縁談を断り、身近にいて 信頼できる人を自分の意思で選んだ紀子の生き方の強さでしょうか。
間宮家の朝食 紀子と謙吉は駅で出会う
周吉は孫に大好きと言えと飴をやる 耳の遠い茂吉にバカという孫
たみと謙吉のこどもに話しかける紀子 専務の縁談について本心を聞けと史子に頼む
孫の友達が遊びに来ている 康一はこどもを叱る
謙吉と会う紀子 謙吉の嫁になると言う紀子に喜ぶたみ
紀子の話を謙吉に聞かせるたみ 間宮家の記念写真
両親との別れを悲しむ紀子 大和での嫁入り風景