ギャラさん映画散歩

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放浪記(成瀬巳喜男監督1962年作品)

          花の命は短くて、

            苦しきことのみ多かりき。

               (「放浪記」から林芙美子の言葉 )

あらすじ

うだつの上がらない父謙作(織田正雄)を九州に残して、林ふみ子(高峰秀子)は、母きし(田中絹代)と一緒に東京の下宿先に住む。母と一緒に衣類の行商をするが、不景気で売れ行きは悪い。父親も稼ぎがなく、きしに無心してくる始末。そんな、ふみ子は初恋の男香取が忘れられない。香取はふみ子を捨てて別の女を嫁にしていた。同じ下宿先に印刷工で妻に先立たれた安岡(加東大介)がなにかと親切にしてくれるが、ふみ子は醜男が嫌いと言う。

 

 ふみ子はきしに有り金12円を持たせて九州の父の元へ帰させた。そして職探しに走るが、二人採用の事務員には50人が応募し不採用。田舎まわりの劇団は、支配人がちょっかいを出したため逃げ出す。株屋の帳簿付けは難しくて出社に及ばず。バスの車掌は近眼がダメと言われる。それを見兼ねた安岡が、黙ってお金を渡してくれたが、金を返すふみ子。

 

 ようやく見つけた玩具工場でセルロイドの色塗りの仕事は二か月続いた。そんなとき母親から5円でも3円でも送ってくれと手紙が届く。やむなくふみ子は安岡に10円借りる。その時、安岡は一緒にならないかと求婚した。しかし、ふみ子にはその気はなく断る。玩具工場を辞めたふみ子は、工場の同僚の勧めで「カフェー」の女給に就職した。しばらくしたカフェーの客で詩人であり劇作家の伊達(仲谷昇)と知り合う。伊達はふみ子の詩を褒めちぎる。そして同人雑誌に加わらないかと誘った。

 

そんな伊達がふみ子に「二人だけの幸福は不可能かな」と口説いた。妻はいるらしいが別居中らしい。男に甘いふみ子は甘いマスクの伊達に夢中となり、伊達の下宿に転がり込んでしまう。生活力のない伊達を養うつもりで居酒屋に勤めたが一日でクビになる。早めに帰宅すると伊達は家にいない。そのとき女性から来た手紙があった。差出人は女優で詩も書く日夏京子(草笛光子)からだった。文面から伊達と京子がいい仲になっているような内容だった。後日、京子は伊達の家に来ていた。京子はふみ子に「私は伊達の妻だ」と言う伊達はふみ子を女中だと言っていたのだ。悲しみにくれたふみ子は、再びカフェーに勤めた。「めちゃめちゃに狂いたい気持ち。めちゃめちゃに人恋しい」というふみ子はカフェーで狂ったように踊り歌いふざける。

 

 ある日、カフェーに「太平洋詩人」を主宰する白坂(伊藤雄之助)と歌人上野山(加藤武)と有望な作家福地(宝田明)がやって来て「大和新聞」に載ったふみ子の詩を称賛した。そして同人誌に載せないかと誘う。喜んだふみ子は早速寮でペンを持つ。だが、その次にカフェーに来たときは白坂は日夏京子を連れてきたのだ。京子は顔を合わせたくなかったふみ子に「伊達とは別れた」と言う。そんな二人に白坂は女二人の同人誌を作らんかと持ちかけた。

 

 その後、福地はふみ子の下宿先に来たりして親しくなり、生きることに行き詰まってしまったふみ子は、福地の家に嫁入りしようと家財を処分して転がり込む。しかし、福地は自分の原稿が少しも売れず不機嫌で気難しかった。作った食事をひっくり返し外に出てゆくこともある。収入がなく、ふみ子は白坂の家に金を借りに行く。するとそこには京子と初対面の新進作家村野やす子(文野朋子)いて紹介された。

 

自分の原稿が売れない福地は、ふみ子自身も原稿を売り込んでいることが気に入らないため、その事を責めてふみ子を叩いた。そんな中、九州から母が住まいを見付け訪ねて来た。母と娘は、金・金・金といくら働いてもままならないと嘆く。福地は黙って外へ出て行く。その後、白坂と京子・やす子の3人が福地の家を訪ねてくる。

 

作家のやす子は、「女性芸術」という雑誌が、京子かふみ子のどちらかの散文を掲載したいと依頼してきたと言うのだふみ子は承諾し、京子と競うこととなる。それを聞いた福地は「貧乏を売り物にしたゴミ箱を見せつける作品」とふみ子を貶す。「俺をその材料にするのか」と憤慨する。「でも、ここに居たい」と懇願するふみ子に「お前が嫌になった。出て行け」と罵る。そのためふみ子は福地の家を出てカフェーに住み込む。そんなときカフェーに福地は訪ねて来て戻ってくれと懇願したので一旦戻る。

 

 戻ったとき、福地の家に京子が訪ねて来て原稿を村野やす子に届けてくれと頼んだ。ふみ子は承諾して原稿を預かる。後日、福地の薬代がないためふみ子は安岡にお金の無心をした。お金を持ってきた安岡を福地は、誤解してふみ子を叩いたり、足蹴りをした。居たたまれずふみ子はもう福地を見捨てて家を出て、改めて住み込みのカフェーに勤める。

 

そんな中、「女性芸術」には、ふみ子の「放浪記」が採用され掲載された。実は京子の原稿を預かったふみ子は、福地とのゴタゴタの最中で締め切りを過ぎてから村野に渡したのだった。そのことを知った京子はカフェーに来て文句を言ったが後の祭りだった。その後、ふみ子は、画家の藤山(小林圭樹)と一緒になり、木賃宿で執筆活動に没頭する。

 

ついに雑誌に連載された「放浪記」が単行本で出版された。出版記念会は関係者がみな集まった。しかし、伊達と京子は来なかった。来ないと思った福地が突然来て祝辞を述べた。その後、ふみ子は雑誌や新聞に連載小説を次々と書く売れっ子作家となった。立派な家を建て母親を呼んだ。安岡も小さな印刷会社の社長になって訪れる。そして慈善事業や親戚、同人雑誌の寄付を求める客も来た。ふみ子はそんな求めには応じなかった。疲れて転寝をすると遠い昔の行商をしていた頃の夢を見るのだった。

 

 感想など

この映画は林芙美子の「放浪記」をシナリオ化したもの。時代背景は昭和初期。日本中が不景気で、特に庶民は貧しかった頃である。行商や女給をしながら詩人を目指しダメ男に惚れては振られ、惚れては振られて人生を斜に構えて生きて、小説家として大成する女性の物語。

 

眉が八の字の「おかめ顔」そして猫背・近眼という容貌。生い立ちが極貧の文学少女という設定で、世間に対し斜に構えている。醜男の誠実さを嫌い、いい加減なイケメンなダメ男が大好きで、イケメンばかり追いかけ、尽くしても振られる貧乏暮し。でも、そんな丸裸の体験をセッセと書き連ねることによって、独特の詩や小説を作ることが出来たようだ。

 

母の再婚で継父との生活、そんな家庭環境と貧しさの中で文学に魅かれ、人間の心の洞察が得意で空想や夢を育み、初恋の体験は生きる夢だったはずである。その夢と希望を男から捨てられると言う現実を味わい、絶望と自己嫌悪と反抗心は、名誉欲と歪んだ性格を形成させたものと思われる。

 

伊達という上辺だけの軽薄な男に対しても、懐疑心を感じながらも簡単に押しかけ女房になる。伊達は女に関しては二股も三股もかけることができる図々しい男だ。そんなふみ子へ「来れば慰めてやる」と言った福地という、これまたダメ男の言葉を真に受けて、またも押しかけ女房となる。ところが福地は自分勝手で、「お前は自分の貧乏のゴミ箱を見せつけ、俺をその材料にしている」と貶し「出て行け」と言い出す始末。

 

この物語の主人公は、赤貧洗うがごとき貧乏の極限を味わい、初恋の男に裏切られ、惚れて尽くした男にも捨てられる。またカフェーの女給として男女の表裏をしっかり見つめ空虚感に絶望を感じていた。自己を慰めるため懸命に書いた詩や童話はほとんど出版社から認められない。そんな体験を赤裸々な小説に仕上げてやっと芽を出し売れっ子作家になった。しかし、常に満たされない気持ちを最後に「花の命はみじかくて、苦しきことのみ多かりき」という言葉で締め括っているのである。

 

林芙美子の人生がこういう小説家を作り上げたのか、小説を書くためこういう人生を選んで生きたかのか、「卵が先か鶏が先か」で分からない。ただ、読む方は前者であってほしい。困難な境遇にあって、なにかに慰められ耐え忍んで現在を生きる人たちの赤裸々な生きざまを見せつけられると溜飲が下がる気がする。太宰治檀一雄織田作之助坂口安吾など無頼派の文学とどこか似ている。

 

自分を含めて一般の人は、妥協と安定志向で生きている。この物語の主人公はそれとは違う非妥協と不安定の生き方を選択しているようだ。そんな妥協しない戦いの体験を詩や小説を書くということによって正当化しようしているように感じる。自分にないものをこの映画から感じ取ることが出来る。それがこの映画の魅力なのかもしれない。高峰さんは、これが素顔かと思えるほどの熱演。宝田明のダメ男ぶりもよかった。加東大介のモテない男の悲哀は胸に迫るものがあった。

 

GALLERY
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タイトル               母と行商をするふみ子イメージ 3 イメージ 4
同宿の印刷工安岡は親切         安岡の求婚を断るふみ子             
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惚れ込んだ伊達にフラれたふみ子   カフェーの女給として騒ぐふみ子イメージ 7 イメージ 8
カフェーの客として来た白坂・上野山・福地 福地の甘い言葉で同居するふみ子イメージ 9 イメージ 10
ふみ子は作家村野やす子と知り合う    福地と言い争うふみ子
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母が福地の家に上京      ふみ子と京子のどちらかを雑誌に掲載するというイメージ 13 イメージ 14
福地はふみ子に出て行けと迫る     京子の原稿を預かるふみ子イメージ 15 イメージ 16
安岡へ借金しようとすると福地は怒る原稿の締切を過ぎて渡したとと怒る京子イメージ 17 イメージ 18
画家の藤山と暮らすふみ子        「放浪記」の出版記念会イメージ 19 イメージ 20
売れっ子作家となったふみ子を訪ねる安岡       ラスト場面