ギャラさん映画散歩

映画・話題など感想や記録・・・

放浪記(成瀬巳喜男監督1962年作品)

          花の命は短くて、

            苦しきことのみ多かりき。

               (「放浪記」から林芙美子の言葉 )

あらすじ

うだつの上がらない父謙作(織田正雄)を九州に残して、林ふみ子(高峰秀子)は、母きし(田中絹代)と一緒に東京の下宿先に住む。母と一緒に衣類の行商をするが、不景気で売れ行きは悪い。父親も稼ぎがなく、きしに無心してくる始末。そんな、ふみ子は初恋の男香取が忘れられない。香取はふみ子を捨てて別の女を嫁にしていた。同じ下宿先に印刷工で妻に先立たれた安岡(加東大介)がなにかと親切にしてくれるが、ふみ子は醜男が嫌いと言う。

 

 ふみ子はきしに有り金12円を持たせて九州の父の元へ帰させた。そして職探しに走るが、二人採用の事務員には50人が応募し不採用。田舎まわりの劇団は、支配人がちょっかいを出したため逃げ出す。株屋の帳簿付けは難しくて出社に及ばず。バスの車掌は近眼がダメと言われる。それを見兼ねた安岡が、黙ってお金を渡してくれたが、金を返すふみ子。

 

 ようやく見つけた玩具工場でセルロイドの色塗りの仕事は二か月続いた。そんなとき母親から5円でも3円でも送ってくれと手紙が届く。やむなくふみ子は安岡に10円借りる。その時、安岡は一緒にならないかと求婚した。しかし、ふみ子にはその気はなく断る。玩具工場を辞めたふみ子は、工場の同僚の勧めで「カフェー」の女給に就職した。しばらくしたカフェーの客で詩人であり劇作家の伊達(仲谷昇)と知り合う。伊達はふみ子の詩を褒めちぎる。そして同人雑誌に加わらないかと誘った。

 

そんな伊達がふみ子に「二人だけの幸福は不可能かな」と口説いた。妻はいるらしいが別居中らしい。男に甘いふみ子は甘いマスクの伊達に夢中となり、伊達の下宿に転がり込んでしまう。生活力のない伊達を養うつもりで居酒屋に勤めたが一日でクビになる。早めに帰宅すると伊達は家にいない。そのとき女性から来た手紙があった。差出人は女優で詩も書く日夏京子(草笛光子)からだった。文面から伊達と京子がいい仲になっているような内容だった。後日、京子は伊達の家に来ていた。京子はふみ子に「私は伊達の妻だ」と言う伊達はふみ子を女中だと言っていたのだ。悲しみにくれたふみ子は、再びカフェーに勤めた。「めちゃめちゃに狂いたい気持ち。めちゃめちゃに人恋しい」というふみ子はカフェーで狂ったように踊り歌いふざける。

 

 ある日、カフェーに「太平洋詩人」を主宰する白坂(伊藤雄之助)と歌人上野山(加藤武)と有望な作家福地(宝田明)がやって来て「大和新聞」に載ったふみ子の詩を称賛した。そして同人誌に載せないかと誘う。喜んだふみ子は早速寮でペンを持つ。だが、その次にカフェーに来たときは白坂は日夏京子を連れてきたのだ。京子は顔を合わせたくなかったふみ子に「伊達とは別れた」と言う。そんな二人に白坂は女二人の同人誌を作らんかと持ちかけた。

 

 その後、福地はふみ子の下宿先に来たりして親しくなり、生きることに行き詰まってしまったふみ子は、福地の家に嫁入りしようと家財を処分して転がり込む。しかし、福地は自分の原稿が少しも売れず不機嫌で気難しかった。作った食事をひっくり返し外に出てゆくこともある。収入がなく、ふみ子は白坂の家に金を借りに行く。するとそこには京子と初対面の新進作家村野やす子(文野朋子)いて紹介された。

 

自分の原稿が売れない福地は、ふみ子自身も原稿を売り込んでいることが気に入らないため、その事を責めてふみ子を叩いた。そんな中、九州から母が住まいを見付け訪ねて来た。母と娘は、金・金・金といくら働いてもままならないと嘆く。福地は黙って外へ出て行く。その後、白坂と京子・やす子の3人が福地の家を訪ねてくる。

 

作家のやす子は、「女性芸術」という雑誌が、京子かふみ子のどちらかの散文を掲載したいと依頼してきたと言うのだふみ子は承諾し、京子と競うこととなる。それを聞いた福地は「貧乏を売り物にしたゴミ箱を見せつける作品」とふみ子を貶す。「俺をその材料にするのか」と憤慨する。「でも、ここに居たい」と懇願するふみ子に「お前が嫌になった。出て行け」と罵る。そのためふみ子は福地の家を出てカフェーに住み込む。そんなときカフェーに福地は訪ねて来て戻ってくれと懇願したので一旦戻る。

 

 戻ったとき、福地の家に京子が訪ねて来て原稿を村野やす子に届けてくれと頼んだ。ふみ子は承諾して原稿を預かる。後日、福地の薬代がないためふみ子は安岡にお金の無心をした。お金を持ってきた安岡を福地は、誤解してふみ子を叩いたり、足蹴りをした。居たたまれずふみ子はもう福地を見捨てて家を出て、改めて住み込みのカフェーに勤める。

 

そんな中、「女性芸術」には、ふみ子の「放浪記」が採用され掲載された。実は京子の原稿を預かったふみ子は、福地とのゴタゴタの最中で締め切りを過ぎてから村野に渡したのだった。そのことを知った京子はカフェーに来て文句を言ったが後の祭りだった。その後、ふみ子は、画家の藤山(小林圭樹)と一緒になり、木賃宿で執筆活動に没頭する。

 

ついに雑誌に連載された「放浪記」が単行本で出版された。出版記念会は関係者がみな集まった。しかし、伊達と京子は来なかった。来ないと思った福地が突然来て祝辞を述べた。その後、ふみ子は雑誌や新聞に連載小説を次々と書く売れっ子作家となった。立派な家を建て母親を呼んだ。安岡も小さな印刷会社の社長になって訪れる。そして慈善事業や親戚、同人雑誌の寄付を求める客も来た。ふみ子はそんな求めには応じなかった。疲れて転寝をすると遠い昔の行商をしていた頃の夢を見るのだった。

 

 感想など

この映画は林芙美子の「放浪記」をシナリオ化したもの。時代背景は昭和初期。日本中が不景気で、特に庶民は貧しかった頃である。行商や女給をしながら詩人を目指しダメ男に惚れては振られ、惚れては振られて人生を斜に構えて生きて、小説家として大成する女性の物語。

 

眉が八の字の「おかめ顔」そして猫背・近眼という容貌。生い立ちが極貧の文学少女という設定で、世間に対し斜に構えている。醜男の誠実さを嫌い、いい加減なイケメンなダメ男が大好きで、イケメンばかり追いかけ、尽くしても振られる貧乏暮し。でも、そんな丸裸の体験をセッセと書き連ねることによって、独特の詩や小説を作ることが出来たようだ。

 

母の再婚で継父との生活、そんな家庭環境と貧しさの中で文学に魅かれ、人間の心の洞察が得意で空想や夢を育み、初恋の体験は生きる夢だったはずである。その夢と希望を男から捨てられると言う現実を味わい、絶望と自己嫌悪と反抗心は、名誉欲と歪んだ性格を形成させたものと思われる。

 

伊達という上辺だけの軽薄な男に対しても、懐疑心を感じながらも簡単に押しかけ女房になる。伊達は女に関しては二股も三股もかけることができる図々しい男だ。そんなふみ子へ「来れば慰めてやる」と言った福地という、これまたダメ男の言葉を真に受けて、またも押しかけ女房となる。ところが福地は自分勝手で、「お前は自分の貧乏のゴミ箱を見せつけ、俺をその材料にしている」と貶し「出て行け」と言い出す始末。

 

この物語の主人公は、赤貧洗うがごとき貧乏の極限を味わい、初恋の男に裏切られ、惚れて尽くした男にも捨てられる。またカフェーの女給として男女の表裏をしっかり見つめ空虚感に絶望を感じていた。自己を慰めるため懸命に書いた詩や童話はほとんど出版社から認められない。そんな体験を赤裸々な小説に仕上げてやっと芽を出し売れっ子作家になった。しかし、常に満たされない気持ちを最後に「花の命はみじかくて、苦しきことのみ多かりき」という言葉で締め括っているのである。

 

林芙美子の人生がこういう小説家を作り上げたのか、小説を書くためこういう人生を選んで生きたかのか、「卵が先か鶏が先か」で分からない。ただ、読む方は前者であってほしい。困難な境遇にあって、なにかに慰められ耐え忍んで現在を生きる人たちの赤裸々な生きざまを見せつけられると溜飲が下がる気がする。太宰治檀一雄織田作之助坂口安吾など無頼派の文学とどこか似ている。

 

自分を含めて一般の人は、妥協と安定志向で生きている。この物語の主人公はそれとは違う非妥協と不安定の生き方を選択しているようだ。そんな妥協しない戦いの体験を詩や小説を書くということによって正当化しようしているように感じる。自分にないものをこの映画から感じ取ることが出来る。それがこの映画の魅力なのかもしれない。高峰さんは、これが素顔かと思えるほどの熱演。宝田明のダメ男ぶりもよかった。加東大介のモテない男の悲哀は胸に迫るものがあった。

 

GALLERY
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タイトル               母と行商をするふみ子イメージ 3 イメージ 4
同宿の印刷工安岡は親切         安岡の求婚を断るふみ子             
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惚れ込んだ伊達にフラれたふみ子   カフェーの女給として騒ぐふみ子イメージ 7 イメージ 8
カフェーの客として来た白坂・上野山・福地 福地の甘い言葉で同居するふみ子イメージ 9 イメージ 10
ふみ子は作家村野やす子と知り合う    福地と言い争うふみ子
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母が福地の家に上京      ふみ子と京子のどちらかを雑誌に掲載するというイメージ 13 イメージ 14
福地はふみ子に出て行けと迫る     京子の原稿を預かるふみ子イメージ 15 イメージ 16
安岡へ借金しようとすると福地は怒る原稿の締切を過ぎて渡したとと怒る京子イメージ 17 イメージ 18
画家の藤山と暮らすふみ子        「放浪記」の出版記念会イメージ 19 イメージ 20
売れっ子作家となったふみ子を訪ねる安岡       ラスト場面
 
 
 
 

 

晩春(小津安二郎監督1949年作品)

                        あれは一世一代の嘘だったんだ。
                   (「晩春」から曽宮周吉の言葉)
 
あらすじ
56歳の大学教授の曽宮周吉(笠智衆)とひとり娘で27歳の紀子(原節子)は鎌倉に2人で住んでいる。周吉は妻を早くに亡くしたため紀子が家事をまかされ、父親の面倒も見てきた。
ある日、紀子は銀座で父の友人で京都に住む、小野寺(三島雅夫)とぱったり出会う。小野寺はやもめだったが最近再婚した。そんな小野寺に紀子は冗談めかしに「不潔よ」と言ってしまう。
 
紀子の叔母田口まさ(杉村春子)は、年頃の紀子の先行きを心配している。周吉の助手をしている服部(宇佐美淳也)はどうかと周吉は持ちかけたが、紀子は服部には相手が決っていると一笑してしまう。
紀子の親友北川アヤ(月丘夢路)は、恋愛結婚したが離婚して実家へ戻っていた。アヤも紀子に「一度くらい結婚しなさい。だめだったら別れればいい」と結婚を勧めている。
 
そのうち、叔母は紀子に縁談を持ってくる。紀子は「私がいなくなると父が困ると言って断るが、お父さんは三輪(三宅邦子)と再婚させればといって紀子にも面識のある婦人の名前を出す。
その後、周吉と紀子は、能楽堂観世流能楽「恋の舞」鑑賞する。そのとき会場に三輪が来ており、それを観た周吉はうれしそうに会釈をするので、紀子の気持ちは揺らぎ悩んでしまう。
 
その夜、周吉は紀子に対して、叔母から来た縁談の見合いを勧める。紀子は「まだいい」と断ったが、周吉は「例えばの話だが、お前にはもう心配はかけないとすれば」と含みのある言い方で説得する。紀子は「奥様を貰うのね」と念を押すと「周吉は「うん」と嘘をつき頷いた。それがあって、紀子は縁談の見合いを承諾して嫁に行く決心をする。
 
後日、紀子と周吉は、友人小野寺の住む京都に旅行する。旅行先の旅館で紀子は周吉に以前小野寺に「不潔よ」と言ったことを反省してると告げる。
自宅に戻った紀子は周吉に「私はこのままお父さんといたいの。お父さんと一緒にいるだけでいいの。お嫁に行ってもこれ以上のことはない」と言うが、周吉は「お前はこれからだ。これから新しい人生が始まる」と言って諭す。
 
紀子の結婚式も滞りなく済み周吉はひとりになった。紀子の親友アヤから再婚はと聞かれ「ああでも言わないと紀子は結婚せんからね。あれは一世一代の嘘だったんだ」と答える。
寂しい我が家でひとり周吉はりんごの皮を剥き映画は終わる。
 
感想など
1 昨今、親子の断絶・虐待など話題になっていますが、この映画は普遍的な、親子 の絆や愛情、特に娘が父離れする際の葛藤、思いやりを描いています。
 単なるメロドラマでないのは、人生を冷徹に見つめているからではないでしょうか。
 
2 ある意味で残酷さもあります。父親が再婚を仄めかして、娘へ嘘を言うところが  有ります。嘘で娘を突き放す。娘は嘘と分っていたかどうかは分りませんが、いず れ嘘とは分るはずです。なにか後味の悪いものが残りますが、それも人生の苦渋 なのでしょうね
 
3 また、周吉の老後、紀子の結婚のその後については、なにも暗示していません。
 観客は想像するだけですから問題を残したまま結末のないドラマなのです。
 
4 周吉と小野寺の会話に周吉の本音が聞こえました。
 「もつんならやっぱり男の子だね。女の子はつまらんよ。せっかく育てると嫁にやるんだから。ゆかなき  ゃゆかないで心配だし、いざ行くとなるとやっぱり、なんだかのらないよ」
 それに対して小野寺は「われわれだって育ったのをもらったんだから」
 「そうだ。ははは・・・」
 しかし、周吉は紀子へは「お前はこれからだ。新しい人生が始まる。結婚すること  が幸せではない。新しい夫婦が新しいひとつの人生をつくりあげてゆくことに幸せ  があるんだよ」とお説教します。
 人間は本音だけでは生きてゆけませんよね。
 
5 父と娘が旅行先の旅館で床を並べて就寝します。紀子は父親へ話しかけます。
 しかし、父親はいびきをかいて寝入ってしまいました。
 そこに花瓶を映し出します。
 薄くらい部屋にある花瓶は、妙になまめかしく静かでした。花瓶は冷徹に客観的に 父と娘を見つめている感じで印象に残りました。
 
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 小野寺の再婚に「不潔よ」冗談っぽく言う 父の助手の服部には婚約者がいると一笑するイメージ 3  イメージ 4
  能楽堂で父が三輪に会釈したので悩む紀子  嘘の再婚を仄めかす周吉の表情イメージ 5  イメージ 6
      京都旅行で同室する父と娘        父と娘を見守る部屋の花瓶
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紀子の結婚式                ひとし寂しくりんごを剥く周吉(ラスト)
 
 
 
 
 

 

麦秋(小津安二郎監督1951年作品)

              「みんな離れ離れになったが、
      しかし、私達はいい方だよ。欲を言えば切りがない」
        「本当に幸せでした」
                 (「麦秋」から周吉としげの会話)
 
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あらすじ
北鎌倉に住む間宮周吉(菅井一郎)家は、妻しげ(東山千栄子)、長男康一(笠智衆)、康一の妻史子(三宅邦子)と男の子2人、それに康一の妹紀子(原節子)の7人暮らし。
周吉としげは隠居暮らし、康一は都内の病院の勤務医で、自宅から通勤している。紀子は都内の商事会社の専務の秘書として勤務している。
 
周吉の本家(実家)は、大和で本家は長兄の茂吉(高堂国典)が後を継ぎ住んでいたが、茂吉は久しぶりで北鎌倉に出て来て周吉宅でしばらく過ごしている。
 
紀子の上司である専務佐竹(佐野周二)は、築地の料亭「田むら」の常連客だった。「田むら」の娘アヤ(淡島千景)は、紀子の同級生で親友だった。親友は4人いて紀子とアヤは独身だが、他の2人は既婚者で、会うごとに独身組と既婚者組は話が対立してしまう情況になりがちだった。
 
ある日、子は佐竹専務から「そろそろ嫁に行けよ」と縁談の話を持ちかけられ写真を渡される。そんな話を聞いた兄の康一は、乗り気になり、妻の史子にそれとなく本心を聞き出せと頼み込む
 
後日、間宮家と親しい矢部たみ(杉村春子)が、史子を訪ねてきて「興信所の人が、紀子さんのことを調べに来た」と告げに来る。矢部たみの息子謙吉(二本柳寛)は、紀子の兄ショウジと同級生で、紀子と謙吉は知り合いであり、また謙吉は康一と同じ病院で働く医師でもあったため康一とも知り合いであった。
たみは、史子へ「紀子さんは立派なお嬢様です」と答えておいたとのことだった。矢部謙吉は、2年前に妻を亡くしていて、現在独身であり、3歳の女の子がいて、たみが面倒を見ていた。
 
紀子の両親も縁談の話には乗り気になっていて、紀子が嫁に行くことについて話し合っていた
周吉「今が一番いい時かもしれないね。紀子が嫁に行けば、寂しくなるし。」
しげ「そうですね。専務さんの話はどうなるのかしら」
周吉「もうやらなければいけないよ。早いもんだ、康一が嫁をもらう。孫が生まれる。紀子が嫁に行く。今   が一番いいときかもしれない」
しげ「これからだって、まだ」
周吉「欲はきりがない。今日はいい日曜日だった」
 
そんな中で、康一が働く病院で、同僚の矢部謙吉が秋田県の県立病院の内科部長に転出する話が出て、謙吉はその話を受けることと母のたみに決心して告げる3~4年で帰れるということだったが、しげは今の場所を離れることに躊躇している。
 
紀子は謙吉の秋田への転勤話は、兄から聞いていた。そして矢部宅を訪問して、たみに挨拶する。
紀子「お支度ね。つまらないものですけど」と包みの品を差し出す。
たみ「長いことお世話になりました。ここに一生いたいと思っていたのにね。いえね、本当はあんたに嫁   になってもらったらなんて、夢みたいな話しよ。怒らないで」と言い出す。
紀子「本当、おばさん」
たみ「だから怒らないでと言ったのよ」
紀子「ねえ、おばさん私みたいな売れ残りでいいの。私でよかったなら」
たみ「本当」
紀子「ええ」
たみ「本当に」
紀子「ええ」
たみ「本当にするよ。まあ、よかった。よかった。もし、言わなかったらこのままだったかも。私がおしゃべりで。」
 
その後、矢部家に謙吉が帰ってくる。
たみ「紀子さんと擦れ違ってなんか言ってなかった」
謙吉「いや、別に」
たみ「紀子さんうちへ来てくれるって。紀子さんに言ってみたんだよ。」
謙吉「どこへ」
たみ「お前のとこだよ」
謙吉「なにしに」
たみ「嫁さんにだよ。よかったね」と泣く
謙吉「泣かなくていいよ」
たみ「お前だって喜びなよ、うれしいだろ」
謙吉「うれしいよ」と平然としている。
たみ「ヘンな子だよ」
 
間宮家では、両親と兄夫婦が集まり、紀子が謙吉と一緒になりたいという話しが出たため、揉めてしまっていた。兄はそんな大事な話を直ぐに決めたことに怒り、不賛成であった。父も自分ひとりで大きくなったつもりでいると不満であった。しかし、紀子の決意は固かった。
 
紀子はアヤから「以前から謙吉さんが好きだったのか」と聞かれると「近すぎて、気付かなかったのよ。ただ、昔からこの人だったら信頼できると思っていた。遠くへ行くことになって気持ちが決ったの」と答える。
 
間宮家では、紀子は謙吉のいる秋田へ旅立ち、周吉夫婦は大和の実家へ戻って行った。大和は、麦秋の時期である。
周吉「おい、見ろよお嫁さんが行く。紀子はどうしているだろうか。みんな離れ離れになったが、私達は いい方だよ。欲を言えばきりがない
しげ「本当に幸せでした
 
感想など
 
* 家族とは命を未来へつなげるための基礎的集合体なのです結婚し、  家庭を築き、子どもを育てて、その子が結婚して自立して行くという 繰  り返しが続きます。だから、いずれ家族は誰でも別れ別れとなります。   そんな家族の別れをこの映画は描いています。
 
* 最近、無縁社会孤立死などが目立ちます核家族化の傾向は高度経  済成長期以後からでしょうか。この映画は三世代同居の家族が娘の結  婚を期に別居するという話でしたが、やはり、家族とは何かということを  考えさせてくれる作品でした。
 
* 血縁で結ばれた家族が、みんなで個人個人の将来を心配し合い、寄り  添って生きていることが伝わって来ます。祖父母と孫の対話には、ユー  モアがあり、親子との対話には厳格さが見られます。
 
* 映画は、ゆったりと温かな雰囲気で、人情厚く、善人ばかりが出て来る のですが、辛らつさや本質を抉り出す過酷さも見え隠れしています
  その辺が小津映画の真骨頂なのでしょうか。
 
* 改めて「絆」という言葉を強調しなくても家族の「絆」が結ばれていた時代の家族の姿なのでしょうか。
  孫が祖父を馬鹿にしても、父親が子どもを強く叱っても、簡単に崩れな い「絆」を感じさせる映画でした。
 
* この映画の見せ場は、専務が世話をしてくれた縁談を断り、身近にいて 信頼できる人を自分の意思で選んだ紀子の生き方の強さでしょうか
 
* 麦秋とは、「麦を取り入れる季節。初夏の頃。」と広辞苑にあります。
 
 
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    間宮家の朝食            紀子と謙吉は駅で出会う  
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 周吉は孫に大好きと言えと飴をやる    耳の遠い茂吉にバカという孫
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たみと謙吉のこどもに話しかける紀子 専務の縁談について本心を聞けと史子に頼むイメージ 15  イメージ 16
 孫の友達が遊びに来ている          康一はこどもを叱る
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 謙吉と会う紀子           謙吉の嫁になると言う紀子に喜ぶたみイメージ 5  イメージ 6
  紀子の話を謙吉に聞かせるたみ       間宮家の記念写真
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 両親との別れを悲しむ紀子       大和での嫁入り風景
 
 

 

流れる(成瀬巳喜男監督1956年作品)

         若い頃は、素人と玄人の領分は、はっきりしていたの。
        私たちは素人に負けまいとツッパリを教え込まれた。
          この頃は、着るものも髪型も芸事も特別なものがなくなった。
                        (「流れる」からおつたの言葉)
 
あらすじ
浅草柳橋の花街にある芸者置屋「つたの家」の家には、つた奴のおつた(山田五十鈴)とその妹米子(中北千枝子)と娘、長女の勝代(高峰秀子)が住んでいる。そのほか、芸者なな子(岡田茉莉子)なみ(泉千代)が同居し、通い芸者染香(杉村春子)もいた。そこへ職安からの紹介で、女中として梨花こと(田中絹代)が住み込んで家事・雑用をすることになった。その日、なみ江は勝代に対し、裏の稼ぎを伝票に書かれ、その分まで上前を撥ねたと文句を言い出し、そのまま帰って来なくなった。

 

 おつたは、以前金持ちの花山先生の世話を袖にして好きな男に借金してまで入れあげ捨てられた経緯がある。また、勝代が以前お目見えしたときの衣装代諸費用など異母姉のおとよ(賀原夏子)に借金している。勝代は誰にでも愛想よくできず、あまり売れもしなかったので半年で芸者は止めてしまった。おとよは、おつたへの集金を兼ねてお世話したいと言う村松という男を紹介するので会ってくれと言う。
 
おとよはおつたを芝居に誘い村松に引合せたが、食堂で料理屋の女将お浜(栗島すみ子)と甥の佐伯(仲谷昇)の姿を発見。お浜は以前、おつたの姐さん芸者だったため会うのが恥ずかしくなり、その場を去った。一方「つたの家」には、なみ江の伯父(宮口精二)が千葉から訪ねてきた。伯父は「姪に無茶な稼ぎをさせ、上前を誤魔化した。出るところへ出て話をつけたい」と玄関に出たお春へ主人に伝えるよう脅かして帰っていく。た
 
おとよは再度おつたに村松に会せたがったが、おつたは「自分でやります」と断る。そんなところになみ江の伯父から30万円を取りに行くと手紙が来る。困ったおつたは、お浜に相談することにした。お浜は甥の佐伯を勝代の婿にしたらどうかと話す。そしてお浜を通じて花山先生に10万円援助してほしい旨頼むことになる。
 
翌日、勝代は職安に。おつたは災難除けのお札を寺に受けに行く。その留守にお浜が「つた家」に来て、お春に10万円を渡す。そんな中、なみ江の伯父が来たのでお浜は伯父を二階に上げ待たせる。そこへおつたは帰ってくる。そんなゴタゴタの中で、米子の元旦那(加東大介)が訪ねて来て娘の薬代を渡すので受け取り。そしてなみ江の伯父のいる二階へ上がって交渉となる。酒肴を用意してとりあえず、おつたは伯父に5万円渡した。「5万で帰れるか」と怒鳴る。しかし、おつたは酔わせて何とか言いくるめ、近所の旅館に泊まらせた。その晩、巡回の巡査が夜中に来たため、おつたは巡査に五目そばを奢ってやるのだった。
 
翌日、おとよが来ておつたへ「商売替えして旅館にしたら」と言いに来る。また、お浜はそんなおつたへ前の旦那で勝代の父でもある花山先生に直接相談を勧める。佐伯が小石川の料亭で花山先生と会うお膳立てをしたが、結局花山は来なかった。一方、勝代は働かないと肩身が狭いとミシンの下請けをやると言い出す。おつたはそんな落ちぶれたことはやらせたくないと嘆く。
 
一旦、千葉へ帰ったなみ江の伯父だが、再び残金を貰いに「つたの家」に来た。一緒に対応した勝代と口論になり、お春は交番に連絡し、巡査は伯父とおつた・勝代を本署に連れて行き話し合うことになった。それを聞いたお浜も警察へ行きとりあえず、みんなは引き揚げ最終的に佐伯が後始末を付けることになった。伯父はなみ江の荷物をリヤカーで持ち帰る。
 
結局、おつたはお浜に家屋は買ってもらい、おとよの借金を返し、お浜から家を借りて置屋を続けることに決めた。勝代は佐伯に「本当は置屋を止めてほしかった」と言う。しかし、佐伯は「姉さんは芸者に向いている。堅気は向いていない」と答える。勝代は「玄人に生まれ、素人に育った。これからどう暮らすかよ」とため息をつく。
 
そんな中、染香が同棲している10歳下の男が田舎へ帰ってしまったと泣き喚いて来る。おつたと口争いになり、揚句はなみ江と同じことを言い出す。そんな染香だが後日詫びに来て元に縒りを戻す。勝代はミシンかけに精を出し、お春はお浜から小料理屋を出すのでやらないかと打診されるが断る。おつたは芸者志望の娘たちに踊りを教える。「つたの家」はまた隅田川の流れのように日々が流れる。
 
感想など
小説の作者幸田文が、柳橋芸者置屋へ女中奉公したのは昭和269月頃である。その年の暮に病気になり、年が明け長女の玉が自宅へ連れて帰ったという。その三か月の体験を基に昭和30年に小説「流れる」として雑誌に発表した。翌年11月映画化され、文部大臣賞を受賞している。小説も新潮社文学賞を受賞する。この映画見るのは4-5回目です。
 
時代背景は戦後間もない頃だ。対外的には朝鮮戦争が行われ、外需が高まり金偏景気で、金持ちとして登場する村松は鉄工会社の重役である。柳橋のような花街は、まだ曲がりなりにも存在できたが、「つたの家」は、借金まみれの落ち目の状態のようだ。原因はおつたの昔気質の気質が由来している感じだ。つまり、情に流れ、惚れたらとことん尽くすというもの。だが、金持ちの嫌いな人間を袖にしても、恩や義理には縛られる。
 
置屋「つたの家」の暮らしぶりを見ると仕事も暮らしも一緒である。おつたの家族は、娘の勝代だけだが、妹母子が同居している。住み込みの芸者も女中もいる。他人同士の共同体でもある。プライバシーはお互いに筒抜けでも立ち入らない。巡回の警察官に五目そばを食べさせるシーンがある。また強請りたかりのなみ江の伯父にお酒や晩飯を振る舞って宥めて帰すシーンなどは、現代では敬遠される「まあまあ主義」の典型でもある。
 
芸者とは料亭や待合での宴席で歌や踊りなど芸を披露して座を盛り上げる役目である。接待で客を楽しませる側であり、客を素人とすれば芸者は玄人だ。だから着物や化粧には人一倍気を使う商売道具であり、自分たちには素人とは違うと言う自負を持っている。しかし、実生活は実に慎ましいことがよく分かる。年増芸者だからか、杉村春子演じる染香は、つたの家のソースを使ったり、夜食は弁当を作ってきたりコッペパンだったりする。なな子の化粧品をくすねたり、台所のお酒が減っていたりする。また置屋側も裏収入の上前を撥ねたりしているような狡さも見え隠れする。
 
おつたと妹米子は、共々惚れこんだ男に捨てられるという不運を持っている。おつたは、店を抵当に入れて借金まみれである。上手く立ち回っているのは、およねやお浜である。不運な母親を持つ勝代は、母のようになりたくないし、母を心配している。自分は素人でも玄人でもない中途半端と位置づけ結婚も望まず、堅気で生きたいと望んでいる。そこで働くお春は、働きぶりや性格や人柄が評判で、お浜から小料理屋をやらないかとの誘いもある。しかし、お春はおつたや勝代、米子や芸者衆のいる「つたの家」でずっと働くことを望んでいる。落ち目になった芸者置屋を懸命に守ろうとするおつたや芸者衆と共に居たいというのも、素人のお春にも、その心意気が共鳴しているようにも感じられた。
 
話の進行は、およねへ家を抵当を入れて借りた金を、姉さん芸者お浜の口利きで、昔からご贔屓になっている花山先生に「つたの家」の建物を買ってもらい、売買代金でおよねの借金を返済する。そしてお浜へ家賃を払って建物を使い「つたの家」を従来通りやって行くということで決着をつけ話は終わる。人情家のおつたの芸者としての意地を通したと言う結末である。勝代と佐伯が一緒になるかどうかは分からない。
 
「流れる」とは、隅田川沿いにあった花街「柳橋」の芸者衆の生き様を表現したものとして受け止められる。昭和中ごろまで栄えた花街も、時代は変わり徐々に寂れていった。昭和30年代後半には、柳橋の花街はすべて消え去って、今はそんな面影もほとんど残っていない。
 
映画は、山田五十鈴岡田茉莉子高峰秀子の美人女優と杉村春子中北千枝子の芸達者の競演が見ものであった。特に年増芸者の悲哀杉村春子は見事に演じた。また、加東大介に捨てられた中北千枝子の哀れさは悲しみが滲んでいた。ただ。主役に名を出している田中絹代が、あまりにもこき使われているだけなのが幸田文に申し訳ない感じでした。たしかに失われてしまった柳橋芸者衆の外見華やかな世界の裏側を見るとこんなにも、虚飾の世界なのかと思うことしきりの作品であった。

 

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タイトル             お春は「つたの家」の女中になる 
娘の勝代と女将のおつた         若い芸者のなな子 
年増の芸者染香           姉のおとよが借金の集金に来る 
元先輩芸者で料理屋の女将のお浜     勝代は堅気でやるうとしている 
なみ江の伯父がゆすりに来たのでお浜が来るお浜が持ってきたお金をおつたに渡す 
米子の元旦那の板前         おつたをゆするなみ江の伯父               
 
巡回の巡査              花山先生との復縁を勧めるお浜 
化粧するおつたと手伝うお春        なみ江の伯父と再交渉 
警察に行く一行              佐伯が中に入り話をつける                
 
佐伯と勝代が話し合う         染香が伝票の不満をぶちまける 
内弟子に稽古をつける染香とおつた     隅田川の流れ

 

スティング(ジョージ・ロイ・ヒル監督1973年作品)

   イカサマ師が市民と同じじゃしまらねえ。やりがいはある。」
 
                                (「スティング」からゴンドルフの言葉 )
 
あらすじ
19369月。米国シカゴ近郊のジョリット。ナンバーズ賭博場で、その日の上納金(11千ドル)を紐育の元締めまで運ぶ男が、途中の道路で狂言詐欺に遭い、巻き上げられてしまう。首謀者はルーサー(ロバート・アール・ジョーンズ)フッカー(ロバート・レッドフォード)だった。ルーサーは、これを最後に堅気になるつもりだった。それを知った紐育の元締めロネガン(ロバート・ショウ)は、怒ってルーサー達に報復しろと部下に命じた。

 

 まず、ロネガンは部下の殺し屋を使いルーサーを殺害した。そのため、フッカーは、ルーサーの親友ゴンドルフ(ポール・ニューマン)を訪ね、仇討ちの協力を頼む。ゴンドルフは、バーや売春宿を営む女性ビリー(アイリーン・ブレナン)に匿われていた。ゴンドルフは早速承知して仲間からロネガンの身辺情報を得る。ロネガンはポーカーと競馬に目がない男だった。そこでポーカー賭博をやる列車でインチキ賭博の対戦をすることにした。

 

 ゴンドルフは、それから仲間に私設場外馬券売り場を作らせた。売り場従業員は警察やロネガンに反感を持つ連中が集めた。そしてゴンドルフとフッカーは、ポーカー賭博を行っている列車に乗った。二人ともロネガンとは初対面だ。賭博場所には、ゴンドルフが行きポーカーをする。賭け金は段々と跳ね上がり、15千ドルになった。お互いがイカサマをやり合いフッカーが勝った。そしてその賭け金を受領に行くフッカーは、私設馬券売り場を乗っ取ると200万ドルになるとロネガンを騙し、裏切ってロネガンに協力したいと芝居を打つ。

 

 競馬好きのロネガンは、興味を示したが直ぐには信用しない。そこでフッカーは3000ドル渡して試させる。ロネガンは用心棒と共に私設馬券場へ行き、ゴンドルフと再会する。馬券を試したロネガンは当てて帰る。それは仕組まれた芝居だった。そしてロネガンに会ったフッカーは「相棒に電信局長がいてレースから23分遅らせ電信するので結果は分かっている。その情報を知らせてくれるから外れることはない」と嘘で種明かしする。

 

 ロネガンを信用させるためフッカーはニセの電信局長に会わせる。そしてとりあえずのレースに参加させるが、発走後で買えないと断り、ロネガンをやきもきさせ明日50万ドルぶち込む決心をさせる。一方、FBIがゴンドルフを極秘捜査で逮捕しようとやって来た。とりあえずスナイダー刑事(チャールズ・ダーニング)を使いフッカーを逮捕してゴンドルフが仕事をする日時を教えろと迫る。FBIは、教えるか刑務所行きか二者択一をフッカーに迫ったため、当日の仕事をやらせれば教えるを解放してもらう。

 

 そして大博打の日がやって来る。ロネガンは50万ドルをトランクに詰めて私設馬券売り場にやって来た。ニセの情報は、第三レースのラッキーダンと電話で聞く。そこでロネガンは現金で単勝を購入した。ゴンドルフとフッカーはニンマリする。そこへゴンドルフに買収されたスナイダー刑事達が踏み込んできた。場内は騒然とする。逃げようとするフッカーとゴンドルフは、スナイダー刑事に銃殺された。ロネガンは呆気にとられ、50万ドルに未練を残しながら他の刑事に促されて場外連れて行かれる。

 

 結局、一連の騒動はすべてゴンドルフが緻密に仕組んだ大芝居だった。ニューヨークの元締めロネガンはまんまと50万ドルをゴンドルフ一味にかすめ取られ、フッカーはルーサーの復讐をしたのだった。

 

 感想など
米国の1930年代は不況で治安は乱れ、特にシカゴの町は暴力団が競い合い熾烈な抗争が頻繁に起こっていた。そんな環境の中で生き抜いた詐欺師達の物語である。当然、詐欺は犯罪であり、看過できない事件であるが、悪辣な連中同士が、考え抜いたトリックを使ってどんでん返しに相手を騙すという筋書きは面白く、犯罪行為が娯楽作品として成功しいる

 

 最近、特殊詐欺が横行し話題になっているが、その被害額の大きさに驚く。日本人は人を信じることを美徳としているから、そこに遠因が潜んでいるのかもしれない。また地面師が暗躍して大手不動産会社が55億円もの大金の詐欺に遭っている。東京五反田の老舗旅館の土地所有者(本人は高齢で入院中)「なりすました男女」を雇い、本人の免許証・旅券・印鑑証明を偽造して、ブローカーや司法書士、弁護士など善意の第三者まで巻き込んでの大芝居である。なお、事件の首謀者は外国に高跳びしているというから悪知恵に長けた人物であることは間違いなく社会悪として糾弾すべき事件である。

 

 ただ、この映画はそういう犯罪詐欺を肯定・賛美ではなく、また糾弾するものでもないので、単なる娯楽として割り切って眺めたい。さらに被害者もずる賢い犯罪組織であるし、出てくる警察も脅しで金をせびる悪徳警官だからみんな同情を挟む余地がない。見ている側に「ザマを見ろ」という感覚さえ抱かせる。いわば悪商人や悪代官をやっつける鼠小僧のような義賊的な親近感すら抱かせる。

 

 悪徳警官の脅しには、ニセ札を払って対抗。イカサマのポーカー賭博では双方が対抗する。どちらもずる賢くインチキにはインチキで挑む狐と狸の騙し合いなのだ。近年頻発する年寄りや女性こどもなどの弱い者いじめのような詐欺でないところがミソである。主人公達は、詐欺犯として逃亡中の身だ。ラストは、大ボスをカモにした大博打のイカサマなのだがそこにFBIや警察が絡んで来て、どんでん返しが起こるというもの。音楽が静かで逆にサスペンスとユーモア性を高めている。

 

時代劇映画ではサイコロを使う丁半バクチだ。サイコロに仕掛けをして賽の目をインチキする。座頭市では、壺振りのサイコロを懐から転がり出してインチキする。洋の東西を問わず人はインチキが好きだ。時々、ヤフーの囲碁ゲームをやっているが、こんな遊びでも不正をしてでも勝ちたい奴がいるので驚く。

 

最後に、穿った見方をすると、こういう映画を見て思うことは、映画こそ最大の詐欺ということだ。有りもしない出鱈目を、監督が指導して、役者が演技して、撮影スタッフが一致協力して嘘を作り上げる。それを観客に見せて、はらはらさせたり、泣かせたり笑わせたりする。これは観客への詐欺行為でもある。観客は詐欺の被害者だ。面白いことに観客はお金を払い騙されながら映画を見て喜んでいる。(

 

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タイトル            運び屋の上納金を詐欺るルーサーとフッカーイメージ 2 イメージ 3
1万1千ドルをだまし取った    しかし、ルーサーは元締めに殺されるイメージ 4 イメージ 5
ルーサーの親友ゴンドルフに仕返しを頼むフッカー殺したロネガンの情報を集めるイメージ 6 イメージ 7
ロネガンにポーカー賭博を挑戦しようと決める 私設場外馬券場を仮設するイメージ 8 イメージ 9
ゴンドルフはロネガンとポーカー賭博をする ロネガンから1万5千ドル巻き上げるイメージ 10 イメージ 11
フッカーは競馬で儲けないかとロネガンを誘う 試しにやらせてもうけさせるイメージ 12 イメージ 13
ニセ情報があるとカマにかけ FBIがゴンドルフを捕まえようとしていると知らされるイメージ 14 イメージ 15
ロネガンは策に引っかかる       馬券場に刑事たちが手入れに入るイメージ 16 イメージ 17
ゴンドルフは刑事を味方に付けた大芝居だった ロネガンの大金をだまし取った二人
 
 
 

わたしの渡世日記(高峰秀子著1976年刊)

      「演技に先立つものは、常に真実である

         人の痛さを知る心だろう」

     (エッセイ「わたしの渡世日記」から高峰秀子の言葉)

あらすじ

高峰秀子の実の両親は、平山錦司とイソだが、秀子は錦司の妹平山志げの養子となった。母イソの死後、錦司は秀子の兄3人と弟1人も養子に出し、再婚してしまった。そんな関係で秀子は、父親への愛情や会いたい人という感情は皆無と書いている。また養父の荻野は、ドサ周りの弁士でほとんど留守がちで養母の志げとは夫婦の情感のない暮らしぶりだった。そんな養母の志げは「高峰秀子」という芸名で女弁士として暮らしを支えたという。秀子は養母の芸名をそのまま受け継いだのだった。

 

転機は、家主の友人の紹介で養父母と共に、松竹蒲田撮影所を見学したときだった。偶然、「母」という映画の主役の5歳の少女を募集していた。養父は突然、秀子を応募者の列に並ばせたのだった。監督の野村芳亭が、秀子を見て選考は解散した。採用通知が来て驚いたのは養父母だった。その後は毎日のように、養母と一緒に撮影所通いがはじまった。

 

当時の子役は、女の子も男の子の役をさせられたという。昭和6年蒲田の小学校に入学したが、撮影は昼夜にわたり、10歳まで学校へ行くのは稀だった。そのため成績はアヒルの行列だったという。そんななか、当時の人気歌手東海林太郎夫妻から養女にほしいと懇願され、養母と共に同居したが水は合わず1年半で出ることになる。

 

満足に学校に通ったことのない秀子は、13歳のころ宝塚少女歌劇団に入る決心をした。知り合っていた水谷八重子を通じて小林一三に話しが行き入団が決まった。しかし、当時CMの仕事がかなりあり、写真家との縁から「松竹」「東宝映画」に引き抜かれて宝塚の話はおじゃんになった。秀子の意思よりも母の意思だったため、秀子は、女学校へ通えることを条件にして、承知して御茶ノ水文化学院に入った。そこは制服がなかったが、秀子は紺のセーラー服で通った。東宝での初仕事は「良人の貞操」だった。その後も撮影に忙しく文化学院も出席が足りず、進級できず退学となった。

 

山本嘉次郎監督の「馬」撮影で青年黒澤明と知り合う。その後秀子は黒澤に恋心を感じていて、東京の自宅を母の目を掠めて訪問したが、母が追いかけてきて連れ戻された。黒澤とはその後も撮影所で顔を合わせたがそっけなかった。17歳の秀子は「そっちに気が無ければ」と追う事もなく恋は自然消滅したという。

 

戦後、小津安二郎の「宗方姉妹」に出演して、大仏次郎志賀直哉とも交流した。「細雪」では谷崎潤一郎を知り、安倍能成ドナルド・キーンとも交流した。竹原はん、新島出とも知り合う。また、チャーチル会の創立に関わったとき画家梅原龍三郎とも知り合い、「カルメン故郷に帰る」で浅間山へ行ったとき、同じ浅間山を描いていた梅原氏と出会い、モデルになった。その後、梅原氏には何枚もの絵を描いてもらっていた。その後、成瀬巳喜男監督の「浮雲」「放浪記」などの傑作に出演することとなる。

 

昭和30年3月に秀子は、松山善三と結婚した。きっかけは、「二十四の瞳」で高松に滞在した時、木下恵介監督が「秀ちゃん、ちょっと」と言って「松山君が秀ちゃんと付き合いたいっていうんだ。人間は僕が保証します」と言われた。直ぐに「バカバカしいと思ったら忘れてください。スターの秀ちゃんに助監督と付き合えなんてね」私は、ちっともバカバカしくないと思った。そして翌日「付き合ってみます」とお答えした。そんなエピソードも語られている。

 

感想など

l       高峰秀子さんは大正13年生まれ、平成22年没。5歳で子役として映画デビュー。「二十四の瞳」「浮雲」「喜びも悲しみも幾年月」など、400本以上の映画に出演し、昭和時代の代表的女優さんです。昭和54年現役引退後は、エッセイストとしても活躍し、この本は高峰秀子さんの半生を語っているものです。

 

l       とにかく、ズバズバと赤裸々に自分の心情も、生育歴も、有名人との交流も実名で書かれています。生い立ちは複雑ですが、肉親や兄弟、親戚についての心情は、包み隠さず気持ちのままに書き綴っているので、読む者には生々しく感情を揺さぶります。

 

l       ごく普通の家庭であれば、両親への敬愛や感謝が綴られるはずですが、高峰さんは実の親から見離されたという意識が強い。養母は簡単に養父を捨てた。実の父は再婚して実母の子供達を捨てた。実の父が死んでも情愛はなく、会う気もなかったと言い放つのです。しかし、ラストで「私は、この本で母を繰り返しそしり、恨み憎み続けた。だが、この母がいたからこそ自身が発奮し、生きることへのファイトが沸いた。母の狂気のような眼が光っていたため、汚れもせず清潔な結婚をし、今日の幸せがある」と書いています。

 

l       高峰さんの人間を見る目、心を見抜く目の鋭さには驚く。当時のコメディアンのエノケンが、酒を飲み面白くないと人が変わったように怒った。でも翌朝は下出に謝る姿を何回も見たという。また、古川ロッパが、たった一人でしょっちゅう食事をしていたという。コメディアンほど生真面目で孤独な人は多いという。金語楼植木等渥美清藤山寛美伴淳三郎しかりだという。私も仮面を被った生身の人間だと言い切る。

 

l       肉親の情に薄かった秀子さんだが、子役となったときには、随分と監督や他の俳優から愛されていた。長谷川一夫坂東好太郎。養子にしたいと懇願した東海林太郎夫妻。親代わりになりたいという人は、東宝社長・入江たか子千葉早智子・大川平八郎・岸井明・山本嘉次郎などもいたという。

 

l       高峰さん自身は、自分は学校へ行かずなんの知識も無い人間だと卑下しています。しかし、子役の頃は、台本全てを丸暗記していたという。他人のセリフまで覚えていた。また、身をもって体験した人生の知識は豊富だ。芝居を演ずることによって人間とはなにかを学んだ。そのことは谷崎潤一郎・宮城道雄・川口松太郎新村出等々どんな勝れた文化人と接しても引けを取らない体験に裏打ちされた知性が見えます。

 

l       高峰さんという女優は、実に巧みで優れた女優さんで偉大な存在です。ただ、どこか翳があって、人を寄せつけない雰囲気もあります。やはり、肉親の愛情に満たされていなかった生育歴からでしょうか。この本からもそんな様子が伝わってくるような気もします。なにもかも判っていて、人を寄せつけず、間とって人を見続ける。しかし、そこには悲しみを超越した温かな心が宿っている。そんな感じです。映画「稲妻」のヒロインと高峰さんの生き様が重なり合いました。

 

l       昭和30年に秀子は、松山善三と結婚しました。「利口ぶっても、お里が知れる。明るい笑いのある家庭にしたい」と幸せな夫婦として過ごしていました。彼女はやはり、女優として懸命に生き、学んだ多くの知恵が、夫婦生活で十二分に生かされたものと確信しています。結婚当初に夫から「可哀相に、君は人間として、言葉は悪いが片輪なんだな」と言われた。それは私を正しく理解していた人間がいたとホッとしたと述べています。それを読むと高峰さんの人間性がが、はっきりと分るような気がします。

 

 

 

           

  

           

  

         

   

           

                           

          

 

     



         

東京物語(小津安二郎監督1953年作品)

                   やっぱりあんたは、ええ人じゃ、正直で。
          妙なもんじゃ、自分が育てた子よりも
            他人のあんたが、わしらにようしてくれて、ありがと。
                    (「東京物語」から周吉の言葉)
あらすじ
尾道に住む定年生活の平山周吉(笠智衆)と妻とみ(東山千栄子)は、20年ぶりに息子や娘が暮らしている東京へ上京した。
長男幸一(山村聡)は下町で、医院の医師をしていて、子どもが2人いる。長女志げ(杉村春子)は、金子庫造(中村伸郎)と結婚して、美容院を経営している。
次男昌二は、8年前に戦死したが、昌二の妻紀子(原節子)は、未亡人として都内で一人暮らしをしていた。
三男敬三(大阪志郎)は、大阪に住むサラリーマン。次女京子(香川京子)は周吉夫婦と同居で尾道で暮らしている。
周吉夫婦は、上京後はまず幸一宅に寄る。幸一の妻文子(三宅邦子)や孫達が迎えるが、孫達は久しぶりの祖父母には馴染みがないのかそっけない。
幸一と孫は、周吉達と一緒に東京案内をしようと計画していたが、急患が来て行けなくなってしまう。その後、周吉達は志げ宅に行くが、志げも予定があって、どこへも連れてゆけない状態だった。
そのため、紀子に対して、どこか案内してほしいと依頼する。紀子は快く引き受ける。紀子は翌日に都内を案内してから自宅アパートに周吉達を連れてくる。そのアパートには、亡き昌二の写真が飾ってあった
長女の志げは、幸一と相談して、周吉達を2-3日熱海温泉に行かせることにした。ところがシーズン中の熱海は混雑し、賑やか過ぎて、周吉達は落ち着かず1日で戻ってしまう。
その後は行き場がなくなった周吉は、昔の知人宅を訪ね、とみは紀子宅へ行くことになる。とみは紀子に親切にされ一夜を過ごすが、周吉は知人と飲み酔って、警察に保護され志げ宅に戻される。
翌日、2人は、幸一、志げ、紀子に見送られ、尾道に帰郷するが、帰郷後にとみは、脳溢血で危篤になる。幸一や志げが駆けつけるが、とみは亡くなってしまう。
とみの葬儀が済み、幸一、志げ、敬三はそそくさと帰ってしまう。その後、京子は紀子に向かってこう言う。
「ずいぶん皆勝手ね。言いたいことだけ言ってさっさと帰る。お母さんの形見がほしいとか、親子ってそんなもんじゃない。いやね、世の中ってすると紀子は「子どもって、大きくなるとだんだん親から離れるものよ」と言って別れる。
周吉は紀子に向かって「あの晩が、一番うれしかったと言っていた。やはり、このままではいかんよ。昌二のことは忘れていい、あんたみたいな人ならいい人がみつかる」それに対して紀子は「お父様が言うほど私いい人ではありません。私はずるいんです。いつも昌二さんのことは考えていないんです。忘れる日が多いのです。私はこのままではいられない一日一日と過ぎるのが寂しいのです」と答える。
周吉は「いいんじゃよ。やっぱりあんはええ人じゃ。正直で。妙なもんじゃ、自分が育てたこどもより他人のあんたが、わしらにようしてくれて、ありがと。と言って静かに笑う。
すると紀子は、我慢の緊張がほどけて思いっきり泣き崩れる。
 
感想など 
1 孫たちと祖父母(孫達のそっけなさ)。両親と幸一達それぞれが異なる感じ方でい ることがよく分ります。
 幸一や志げの、両親が東京へ出て来て帰ったことの感想は、「子供達に会えた   し、熱海にも行ったし、当分東京の話で持ちきりだろう」などと述べていました。
 しかし、周吉に言わせると「孫の方が可愛いという人もいるが、わしらは子どもの  方がいい。だが大きくなると変わる。幸一や志げも昔の方が優しかった。だが、い い方じゃ、欲いえば切りがないが、わしら幸せな方じゃ」と不満を述べていました。
 
2 亡くなった息子の嫁の紀子と両親の温かい人間関係には感動しました。8年間ず っと死んだ夫の写真と共に暮らし、義父や義母に対する誠意、義兄、義姉に対す  る誠心誠意の人間関係には心を打たれます。
 最後に義父と交わす、正直な気持ち。それを受け止める義父の言葉の優しさ。そ してその心遣いに思いっきり泣く姿は実に感動的で美しく感じました。
 
3 小津監督自身はこの映画で「親と子の成長を通じて、日本の家族制度がどう崩  壊するかを描きたかった」と述べています。
 「兄弟は他人の始まり」という言葉もあります。まして核家族の時代なので、親子の 繋がりは希薄になりますね。
 
4 映画として感動的でした。ただ、「優しさだけがすべてか」「このままでいいのか。」 「やむを得ないのか。」「どうすればいいのか。」「自分自身で考えてみよう」と言わ  れてもなかなか難しい問題ですね
 家族の別れは、必然的なことでしょう。それを承知のうえで、克服して生きることが 大切なことなんでしょうね。
 
ギャラリー
 
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馴染みのない孫に話しかけても逃げる  亡き次男の嫁が親切に東京案内をするイメージ 3   イメージ 4
   次男の遺影を懐かしむ両親      熱海温泉で景色を眺める
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 次男の嫁の親切を喜ぶ母親       紀子と義父の感動的な会話