ギャラさん映画散歩

映画・話題など感想や記録・・・

素晴らしき日曜日(黒澤明監督1950年作品)

             「夢では腹はふくれないと言ったけど。そいつは取り消しだ。

           今日は二食抜きだが腹は減らないよ。」

                            (「素晴らしい日曜日」から雄造の言葉)

あらすじ

終戦直後の東京雄造(沼崎勲)は復員して友人の家に下宿しながら職を得たが、生活に余裕はない。雄造には戦前から付き合っている昌子(中北千枝子)という恋人がいるが、昌子も姉の家に同居しながら働いている。そんな二人だが日曜日には待ち合わせてデートする

二人にとっての夢はベーカリーの経営だ。しかし、今はその日暮らしのようなもの。雄造はタバコも買えず、捨てられた吸殻を拾う始末。また昌子の靴底は破れている。折角のデートでも雄造は15円、昌子は20円しか持っていない。お金はないから只で見られる住宅展示場を見物し住む夢を語る。そこで耳にしたオンボロアパートを見に行くが、月600円の家賃や権利金3千円の用意は不可能だ。

 気晴らしに雄造はこども達の草野球で打たせて貰うが、打った球が饅頭屋の店に飛び、饅頭を3個台無しにする。それを10円で分けてもらい一つをこどもにやり、二つを二人で食べる。雄造は戦友が銀座でキャバレーを経営していることを思い出し、見学させて貰おうと出かける。しかし、友人は不在で支配人からタカリと思われ金銭を渡されるが、店の用心棒に返してしまう

 昌子の作ったおにぎりを食べる二人の前に浮浪児が来て欲しいと言う。一つやると浮浪児は10円札を出した。しかし、昌子は浮浪児が不憫で受け取らなかった。沈んだ気持ちになった昌子に雄造は動物園へ行こうと誘う。動物園を出た二人は、次の時間を持て余すのだが、残金は20円しかない。雄造の下宿先の友達は夜まで留守だ。下宿へ行くか、昌子の姉の家に行くか、このまま別れるか迷う。だが、昌子は東京公会堂でやる「未完成交響曲」のコンサートのポスターを見つけた。入場料は、B券なら一人10円だ。初めてのデートも同じコンサートだった。

 二人は東京公会堂をめざし走る。公会堂は長蛇の列。だが切符売り場に着いたときは、ダフ屋に買い占められたB券は売り切れていた。雄造はダフ屋に10円で譲れと頼むが、15円でないと譲らないと言う。押し問答の末、雄造はダフ屋たちに殴られてしまう。やむなく二人は雄造の下宿に行くが、みじめな気持は治まらない。幸い雨は止み、昌子の気持ちを察した雄造は喫茶店に誘う。ところがコーヒー、お菓子にミルクを足したため代金を30円請求され、持ち金が足りずコート脱いで置いてくる羽目になる。

 茶店での幸せな気分も借金でメチャメチャになる。しかし、まだ空襲の焼野原の残る外に出た雄造は突然「二年先でも五年先でもいい。二人でベーカリーをやろう」と夢を語りだす。そして野外音楽堂を見付けて行ってみる。二人とも夢が描けるならきっと楽団がいなくても音楽が聞こえる筈だと編み棒をタクトに雄造は指揮を始める。だが、簡単には音楽は流れてこない。そこで昌子は観客に向かって「お願いです。拍手をしてください。私たちのような貧しい恋人達に声援を贈ってください」と哀願する。

 するとどうでしょう。シューベルトの「未完成交響曲」が流れてくる。二人の夢が叶ったことを想像するのだ。駆け寄り抱擁する二人。また、来週の日曜日にランデブーすることを約束して別れる二人。駅のホームに落ちている吸殻を今度は踏みつける雄造だった。

 

感想など

終戦直後の東京で、貧しいカップが日曜日にデートする一日を淡々と描いている映画だ。1990年代から言われているワーキングプア(働く貧困層)は、いつの時代でもあったことが分かる。二人はベーカリーを経営することが夢だが、現状では住むところさえもない始末。黒澤監督の弱者への寄り添いが見事に展開している。

 

金のない二人は無料の見本住宅を見る。ここに箪笥を置いてと夢を語る昌子に「夢で腹はふくれない」と嘆く雄造。吸殻拾い、破れた靴、一緒に住めない悲哀が滲んでいる。と同時に、二人の生真面目さ誠実さが清々しく心地よい。戦友で成金のキャバレーで支配人が恵んでくれた何がしかのお金は受け取らない潔癖さ。浮浪児がおにぎり代を渡すのを受け取らない優しさには、心の豊かさを感じる。

 

安アパートの受付人の説明が愉快だ。「勧められませんよ。陽は当たらない。窓から見えるのは工場の便所。一冬いたらリューマチに、夏はチフスだ」と言いながら家主が覗くと「子どもはダメ。正当な職業で禁煙、保証人は3名、部屋代は600円、権利金2千円」とまくし立てる。まるで落語のようだ

 

黒澤流の諧謔はまだある。動物園見学にも悲しい笑いがある。ライオンの檻にブタが入れられている。家はいらず水に住める白鳥、熊の豪華な毛皮の外套、紙が食べられる山羊、キリンの素晴らしい家などが羨ましい、また猿からは自分たちが哀れに見られているなど雄造は感じるのだ。

 

一番悲しいのは、「未完成交響曲」のコンサート会場だろう。ひとり10円のB券はダフ屋に買い占められて、15円の値で売られている。20円の持ち金では入場できない。ダフ屋と喧嘩して殴られる哀れさ。踏んだり蹴ったりの悲哀は極限達する。やむなく雄造の下宿に行くが、惨めさは晴れない。幸い雨は上がり二人は喫茶店へ行くが、うっかりコーヒーにミルクを垂らしたためお金が足りず借金となる。そんな茶店のあくどさが、逆に安く良心的なベーカリーを作りたい決心に繫がる何年先でもいい自分の店を作ることを夢に見る。

 

最後の見せ場は、誰もいない屋外音楽堂で、初デートで聞いたシューベルトの「未完成交響曲」の幻の演奏を再び聞くシーンだ。簡単に幻は出ないため昌子は映画の観衆に向かって拍手や声援を懇願する。信念は岩をも貫き幻の演奏は聞こえたのだ。そして来週会うことを約束して二人は別れる。冒頭、吸殻を拾った雄造だが、今度は落ちている吸殻は靴で踏みつけて終わる。

 

場面アングル進行工夫や実験が試みられている。安アパートの管理人室から見た二人の姿をぼやけさせたり、土管を利用して円の中に座らせたり、草野球をしている子供達の前をトラックや牛車を通らせたり、二人の背景から浮浪児を撮ったり、満月を背景にブランコに乗る二人などなど、昌子が観客に話しかけたり、いろいろな場面に変化を付けていて退屈させない

 

格差社会は、いつの時代でも同じだ。非正規や派遣で働く庶民は、やはりワーキングプアだ。共稼ぎでも結婚が出来ない。晩婚化や独身が増えている。それに加えて少子化だ。大企業のエリートを除いて9割の中小零細の従業員にアベノミクスの恩恵は届くのだろうか。映画はそんな人たちにも夢や心の豊かさを失わないで欲しいことを訴えている。

 

GALLERY
   
タイトル                 昌子と雄造は日曜日のランデブー 
見本住宅を見学                   昌子の靴には穴がある 
安アパートでさえ入るのは無理       草野球に加わる雄造               
 
饅頭を食う二人              おにぎりを浮浪児にやる昌子 
戦友を訪ねるとタカリと思われる  動物園に入る二人 
コンサートに行こうとする     B券は売り切れで持ち金では入れない 
ダフ屋に譲れと頼むが断られる   雄造の下宿に行く 
茶店に行くが持ち金は不足    焼け跡でベーカリー経営の夢を語る   
良心的な店にしたいと雄造 野外音楽堂で「未完成」を聞こうと拍手を求める 
幻の「未完成」聞こえた      来週も会おうと約束して別れる二人